どうも!こゆみです!
サムシング・ニューが無事発売されましたね!
大好きな曲がたくさんあって、書きたいこともたくさんあるのですが…。
今回は、通常盤に収録されている、「ムーンライト」について、お話ししようと思います。
ただただ、私の感じたことを書きました。
これは正解とかではなく、あくまで私の感想です。あしからず。
それでは、スタート!
彼はWebでこの歌の話をした時、
『ラブソングかもなコレ』
と言っていました。
でも聴き始めてすぐ、私にはどこがラブソングなのか分からなくて。
「真昼間の月に僕は種を植えに行くんだ」
「どこまでも行けそうな気がしてさ」
「今だけは歌ってたいや」
重岡くんが、遠くで、みんなに自分の気持ちを語りかけているのを聴いているような感覚でした。
でも、サビの最後、
「ここだけの話をしよう」
と聴いた時、
遠くにいたはずの重岡くんが、急に隣に現れたような感覚になったんです。
"ここだけの話"
そのひとことだけで。近くで、自分のことを話しながら笑う彼が、目に浮かびました。
その時、彼のラブソングというのは、
近くで、本当に伝えたいことを、大好きな人の隣で話すこと。
それが彼の愛で、彼の言うラブソングなのかもしれないと思いました。
「真昼間の月に種を植えてみたくなったのは
いつか君を襲う夜の底 一輪の光を」
もう、うまく言えないけど泣きそうで。
さっきも「真昼間の月に僕は種を植えに行くんだ」言ってたのを聴いていて。
その時は、彼がまだ遠かったけど、今はもう隣にいる。
そんな彼がすぐ横で、"真昼間の月に種を植えてみたくなった"のはなぜか、それは大切な"君"を守りたかったからなんだと、明かしてくれている、そんな感じがして。
"いつか君を襲う夜の底"から、這い上がれるように。
重岡くんは、どんなに頑張ってても、どんなにきちんと生きていても、誰でも夜に襲われることがある、その事実を知っていて。
それがどれほどつらくって、1人で抜け出し難いことなのかを知っていて。
そんな闇が、自分の大切にしたい人にも、いつの日かどうしたって訪れてしまうことを知っている。
そして、その事実を否定しないから、私はたぶん彼の言葉が届くんですよね。綺麗事じゃない、自分たちだけは平気なんてありえないんだってことを、ごまかさないから。
きっとその闇は、自らで振り払って、這い上がらなくちゃいけないもので。
だから、守れないかもしれない"夜"が来たとき、大事な人が戻ってくる道筋に、力になる"光"を、"昼間"のうち植えておく。
夜が襲いかかる前、昼間のうちに、自分が手を伸ばせるうちに、"君"を守るためにできることする。
そのために種を植えにいくんだなって。
彼の中で、
愛してる人=大事な人 で、
好き=守りたい ってことなんだと感じました。
「世界が終わっても 君を終わらせないんだ」
何が起きても、自分の大事な人だけは、守ってみせる。
その覚悟が伝わってくる、そしてそれが、彼の
『ラブソング』なんだと思いました。
多くは語らない。愛してるって、直接的に言うわけでもない。口が達者なわけでもきっとない。
でも、一つひとつ全部にたくさんの想いがギュッと詰まってる、そんな言葉の使い方をするのが重岡くんだと思っていて。
そんな彼が、体現されているような曲でした。
実は最近、ちょっと自分に負荷がかかるようなことが多くて、自分を守るために、強くいるために、すべてをシャットアウトするような曲や言葉ばかりをきいていたんです。
でも、結構それって苦しいというか、無理して戦う姿勢をつくっているだけで、実はすごくつらくて。
彼のラブソングは、そんな私に、文字通り、一輪の光をくれました。
自分ではいあがらなきゃいけないんです。でも、その光があるのとないのとでは、確実に違う。
全然違うんです。
また、重岡くんの曲に救われました。
ほんとにほんとに、すてきなラブソングでした。
今回は、重岡くん作詞作曲、「ムーンライト」についてでした。
私の感じたことで、ただそれでしかないのですが、読んでいただいてありがとうございました!
また遊びに来てください!こゆみでした!